iPadは,百聞は
4月×日。夜遅く帰宅した筆者は,リビングのソファーでくつろぐ妻に,あるデバイスをおもむろに手渡した。
妻:「何これ,パソコン?」
筆者:「い~や,iPadだ」
妻:「???」
筆者:「いいから使ってみな。画面にあるアイコンを適当に押せば,いろいろできる」
これまでiPhoneを触ったこともない妻だったが,使い方を何も教えなくてもアイコンを押して適当に遊び始めた。
妻が突然,感嘆の声を上げたのは,iPadにダウンロードしてあった「Toy
Story」(米Disney社)のオーディオ?ブック(読み上げ機能付きの本)を起動した時だった。
妻:「これ,娘にいいじゃん。映像もきれいだし,絵本の代わりになる。買おうよ!」
筆者:「えっ~。まだ日本で売ってないし,だいたい,こういうデジタル?グッズは最初の製品に飛びつくと???(ブツブツ)」
私の妻は,決してデジタル?グッズ好きではありません。むしろ,アナログ派の部類に入ります。そんな妻をiPadの実験台に使ったところ,予想外の反応が返ってきて,筆者が驚く羽目になったのです。
このエピソードを紹介したのは,iPadというタブレット端末の一面がよく表れていると思ったからです。つまり,触ってみたことがない人にとっては,ただの“大型版iPhone”にしか見えないのですが,いったん触ってみると何か新たな可能性を感じる,ことです。
実際,2010年1月に米Apple Inc. CEOのSteve
Jobs氏が,iPadを紹介するデモを初めて見せた時は,筆者はそのインパクトを今ひとつ理解できませんでした。ところが,iPadで動作するいろんなアプリケーションを操作していくうちに,ようやくその面白さや可能性が見えてきたような気がします。iPadはまさに,“百聞は一見にしかず”のデバイスです。
「機械」という意識を消す
iPadも,パソコンと同様,機能的にはコンピュータに過ぎません。しかし,使っていて感じるのが,パソコンとは違って「機械を操作している」という感じが薄いことです。気がつけば,思いつくまま指で次々にアプリケーションを開いて遊んでいるのです。
タブレット型のiPadとノート?パソコンの大きな違いは,画面と目の距離や操作する時の姿勢です。通常,パソコンは椅子に座って姿勢を正して使いますが,iPadは手に持ってより目に近い距離で使います。ソファーに横になった姿勢でも使えます。しかも,マウスやキーボードではなく,指でスムーズに操作できる。画面上で指を大きく動かす動作が,アプリケーションを“自分の体で操作している”というリアル感に変えるのでしょう。
実際に,Apple社もそのことを強く意識しているようです。例えばiPad用アプリケーションの開発者に向けたユーザー体験ガイドラインには,「現実感を高めるようにしてください」「ユーザー?インタフェース?コントロール(操作用のつまみ,など)を強調しないでください」など,iPhoneにはない追加項目があります。
同社が自らiPad用に開発したアプリケーションには,リアルさを出すために細部にまでこだわった様子が随所に見られます。電子書籍アプリケーションの「iBooks」はその一例です。書籍を開いてページをめくると,めくった紙に“裏写り”が見られます。Apple社以外であれば「コストアップになる」という理由でカットされてしまうような,こんな小さな要素が,実はApple社にとっては重要な戦略の一部ではないかと想像してしまいます。
なぜなら,ユーザーに機械を意識させないことに成功すれば,あとはさまざまな市場機会が生まれるからです。冒頭に紹介した私の妻のようなデジタル?グッズに興味を持たない人にも浸透する可能性が生まれるのです。
日経エレクトロニクスは2010年5月25日,NE緊急セミナー「iPad
徹底解剖~分解とUI解析に見るAppleの戦略」を開催します。ハードウエアの分解やUIの解析を通して見えたApple社のタブレット戦略や,iPadが持つ市場創出の可能性などを,多方面の専門家の講演を通じて浮き彫りにします。基調講演には,かつて米Microsoft社でWindows
95などのアーキテクトを務め,米IT業界に高い見識をお持ちの,UIEジャパン会長の中島聡氏に登場していただきます。iPadの全貌をいち早くつかめるこの機会を,ぜひお見逃しなく!